美しい紐のはなし

伝統の町で、真田紐と出会う旅

「ひも」について考えたことがあるだろうか? 荷物を結わう道具、以上の知識があるだろうか? 伝統工芸が盛んな町・金沢市に、まれに見る美しい紐があると聞いて、出かけた。

つくる

木綿の糸で9ミリ幅の平紐をつくる場合、一つの紐を織るのに、36本の糸で構成する。

美しい織物

幅は、二分(約六ミリ)から十分(約三十ミリ)。当たり前だが、ひも状に長い。ところが「世界でも珍しい、細く織った“織物”なんですよ」と聞いて驚いた。目を近づけてみると確かに、渋くて落ち着く色糸、鮮やかだけど品のある色糸、思いがけずポップな色糸、それらがわずか一センチ前後の幅のなかで、組み合わされ、織られて、新しい模様を生み出している。実は、この細さで正確で美しい柄を織るためには熟練の技術が必要で、これまでつくる工程が表に出たことはほとんどないという。今回は特別に見せてもらえることになった。
そもそも真田紐の由来は、戦国時代の武将・真田昌幸にまで遡ると言われる。国を追われた時、売って資金の足しにするため、そして紐を行商することによって情報を集めるための、大切なプロダクトであったらしい。そのうえ、しっかり織られた紐はモノとしてもたいへん丈夫で、武具や刀を結んだり、着物の帯締や下駄の鼻緒などに使われるようになった。
今は昔。侍もいなくなり、着物もずいぶん縁遠くなった。それでも真田紐は今でもつくられ続けている。

糸の調子には、常に目を配る。
工場内には轟音が響くが、不思議と静謐な景色。

糸の声を聞く

真田紐は、工芸品のようでもあり、工業製品のようでもある。工場は、いわゆる工場然としていて、カターンカターンとまるで大きな柏手を打つような織機の動く音が響く。就業時間は九時から五時まで。作業としては単純で、「縦糸と横糸を準備して、織る」。ところが、糸をかければ勝手に織り上げてくれるということはなく、織機の間を歩くみなさんは、常に糸から目を離さない。「糸は生き物みたいです。気温や湿度、染色の時期によっても表情を変える」。ご機嫌をそこねることもあって、例えば、糸を束ねた状態では同じ色に見えたものが、織機にかけてぎゅっと目が詰まったら、とたんに色ムラが見え出す。うまくさばいて掛けたはずなのに、糸が切れる。きれいな紐を織るのは難しいとみなさん、口を揃えて話す。ただ糸が求めているものが手に取るように見えることもあって、うまく調子を整えられた日は、すいすいと糸が動いて、自ら美しい紐の形をなすようなことだってあるのだそうだ。やっぱり工芸品でもあるのだ、と思う。

100年以上昔の紐が残るということは、いま手元にある紐が100年後に残っている可能性があるということだ。例え持ち主がいなくなったとしても。

アイデンティティを表す紐

実は真田紐がこれだけの美しい柄の種類を持つのには理由があって、作家たちが作品を桐箱に入れる、その箱を結ぶのに使われているためだ。「織元すみや」では、素材は綿と正絹と加賀錦の三種類、さらに織り方の違いで平紐と筒状の袋紐の二種類。見本帳によると、一般に買うことができる柄は九十種類以上。幅の違いを含めると、かなりの数にのぼる。
それ以外に「指定柄」というのがあって、これが真田紐の真骨頂。顧客のためにオリジナルでつくっていて、他の人は使うことができない柄のことだ。それが長い歴史を持つ窯元のものから、現代の気鋭の作家のものにまで及ぶ。例えば、鮮やかなピンクに濃い緑の一本線が入っているのは、京焼の永楽が長く使ってきたもの。つまり箱を開けなくても、この紐がかかっていれば、中に収めてあるものがわかる。作家のアイデンティティを表現する手段のひとつ、というわけだ。だから新しい作家たちも、自分の作品に最後の息吹を吹き込むものとして、悩んで紐を決めるという。紐の職人たちも言う。「一緒に考えてこれまでにない柄の紐ができあがった時に、まだまだ真田紐の可能性を感じます」。
工場からの帰り際に、取材スタッフそれぞれで真田紐を何本か選んでみた。それぞれ選ぶものが違っていて、組み合わせもなんだかその人らしくなった。

「ほら、こうして上から来たものは、下に…」と説明しながら、あっという間にピシリ!とむすび上がる。

つかう

つくるシーンを見ることができたので、次に紐をつかっている人に会いたくなった。訪れたのは、現代九谷焼の第一線で活躍する浅蔵五十吉の工房「深香陶窯」。ダイナミックで鮮やかな九谷焼の大作から、普段遣いの器まで、バリエーション豊かに並ぶ。中でも、桐箱に入れて真田紐を掛けるのは、一部の作品だけ。欲しい人が現れてから、桐箱を注文。箱が届いて、箱書きをして、判を押して、紐をかける。より高価なものには袋紐を使う。「人それぞれ決まった結び方があると思います」と、箱の左上に輪をつくって、紐を結ぶ方法を教えてもらった。シュッと紐がこすれる音が心地よい。「やっぱり中が高価なものですから、外側もきれいにお化粧しないと。紐を結ぶとピシっとしまるでしょう?」
もともと置物から始まったというこちらの窯。それぞれの代で、個性をさらに活かす作品づくりを行ってきた。九谷五彩と言われる九谷焼の特徴的な色づかいの中でも、こちらの黄色は独特。こっくりと深い黄色に、斑点のように模様が入る。釉薬の加減によるのだそうで、「浅蔵イエロー」と呼ばれる。風格と若々しさを同時に感じる色だ。
こちらで使っている真田紐に「特にセレクトの理由はないのだけれど」ということだったが、実はこの浅蔵イエローに似た絹の真田紐が一種類、選ばれていた。

茶の湯は、主客がいっしょに共感することだ、と話す興風園の山本さん。茶道具はそのための優れたツールでもある。

伝える

最後に、金沢市内の古い茶道具を扱うお店「興風園」へ。古い真田紐を見せてもらう。茶室へ通され並んだのは、なんと百年以上も昔の、茶碗と箱と真田紐。さすがに古びてはいるが、紛うことなき真田紐だ。「真田紐は外れにくくて丈夫なので、古いものもよく残っていますよ」とのこと。さらに、古い箱と紐ごと、一回り大きくて新しい箱と紐に入ったものもある。「箱と紐は、中の道具の由緒を表していて、道具に命を吹き込むようなもの。手に渡ってきた履歴を残すことでもあるのですよ」。切れてしまった真田紐も捨てることなく、箱の中に大切にしまわれているそうだ。
特に茶道具については、茶に両端が萌黄で縁取られた紐は裏千家、黄色の紐は表千家と、はっきり流派を表す紐の色がある。さらに千家十職という、三千家に出入りする茶道にまつわる職家のそれぞれにも、好みの紐というのがあって、お茶をする人が見れば「あ、あの紐は」とピンとくるのだそうだ。
まるでクイズのようだ、と思っていると、お茶の楽しみ方を教えてくださった。茶会には毎回テーマがあって、その場でさまざまなアイテムがテーマを伝えるために使われる。例えば、還暦のお祝いの茶会で、亭主が掛け軸や茶碗に、赤いものを用いる。客がはっと気づいた瞬間、それは喜びになる。知識が増えれば、より深く楽しむことができる。そんな、もてなしの心と知的興奮がたっぷりつまったのが、お茶の席なのだ。
日本人が昔から育んできた感性の一端が、真田紐にも伝わっているのかもしれない。

金沢では、古き日本の姿が、いまでも日常のすぐ隣にある。

金沢という町

金沢は、戦災をまぬがれたために、江戸の華やかな加賀百万石の文化をいまでも色濃く残す。長町の武家屋敷跡や茶屋街、寺町など、当時をしのばせる景色もそこここに見られる。同時に学問や工芸に力を入れる文化も残り、九谷焼・加賀友禅・金箔などの伝統工芸も盛ん。なんと保育園で茶道を教わるのも珍しくないそうだ。
真田紐は、おそらくこの環境だからこそ残ってきた。同じく真田紐がいまでもつくられている土地がもうひとつ、京都だという点からも明らかだろう。独立してあるものではなく、ほかの工芸と寄り添ってきた存在。一見目立ちにくいけれど、実はなくてはならないもの。それが真田紐だ。

KOE FROMの商品
KOE From SANA ダブルブレス
購入ページ
KOE From SANA シングルブレス
購入ページ
KOE From SANA スタッズブレス
購入ページ


あとがき

KOE From×真田紐

世界で一番小さな織物、
とも呼ばれている真田紐。
大切なものを結ぶために
丁寧に織り上げられ、
長く愛されてきたその紐を
今回のKOE Fromでは
ブレスレットとして
リデザインしました。
多彩な糸の組み合わせで
使う人の個性を表現してきた
真田紐の美しさを活かして、
今回は15種類の
デザインをご用意しています。
あなたの気分を高めるお守りとして
ずっと身につけてもらえるように。
春を迎えるこれからの季節の
美しい日々につながるように。
願いをこめてつくりました。
ブレスレットの色に合わせて
服のコーディネイトを
決めてみるのも、
楽しいかもしれません。


Credit

取材協力
織元すみや
石川県金沢市神野町東75
TEL 076-240-0781
https://www.sanadahimo.com/

深香陶窯
石川県小松市八幡巳50-1
TEL 0761-47-0051

興風園
石川県金沢市泉3-3-17
TEL 076-244-1862

KOE From KANAZAWA
編集 伊藤総研
文 浅野佳子・林麻衣子(nico edit)
写真 カネコリョウ(Jefferies tube)

「あとがき」
文 細川美和子

デザイン 田中良治(Semitransparent Design)

ポストカード
写真 鈴木陽介
ヘアメイク NOBU(SUPERSTARS)
モデル 市川渚

発行
KOE PRESSROOM
03-3524-2428
https://wear.koe.com/

SHOP
https://wear.koe.com/stores.html